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心に残る出会い130 まつたけ山に行きたかったFさん 

2020年09月27日  

毎月、最終日曜日は 心に残る出会いです。
今回は秋ですので、まつたけに関する思い出を。

Fさんは92歳。
3回の癌手術を乗り越えてきました。
あるとき喘息で入院したのですが、入院中に脳梗塞をおこしてしまいました。
半身麻痺と 認知症が残ったのです。
これでは自宅生活は無理だ、と 老人ホームに入居され、
在宅医として私どもに依頼がありました。
そのホームで私たちのはじめての出会いです。

紹介状に書いてなかったのですが、この時点でFさんは食欲がなく
おおよそ1割から2割程度の食事量でした。
これでは体が維持できません。
体を維持するには、栄養と運動の2本柱が大切です。
栄養補助食品も併用しながら、何とか食欲が出るように、リハビリの意欲が出るように
いろいろヒントを探ります。
認知症の方は 昔のことは覚えていることが多いですから、昔の話をおうかがいします。

 

どこのお生まれですか?
→ 石内
石内ならば、新藤兼人監督、御存知ですか?
→ 新藤兼人、知っとる!
どのように「知っている」のか、 もう少し詳しい話を聞かせてもらおうと話を振ってみたのですが
Fさんはもうその話題には興味を示さず、答えてもらえませんでした。

何か食べたいもの、ありませんか?
石内で 何か思い出す食べ物、ありませんか?
→ 食べたいものはない。
歩けるようになったら、何がしたいですか?
→ まつたけ山に まつたけ取りに行きたい。
え、マツタケの取れる場所、あるんですか?
→ 知っとる。
じゃあ、マツタケ山に行けるよう リハビリがんばりましょう!

 

別な日の会話では。
石内のお宅の思い出って、ありますか?
→ となりの○○さんと一緒に剣道していた。
段とか、あるんですか?
→ 6段。また剣道やりたい・・・。
6段はすごいですね。じゃあ、また剣道できるように リハビリがんばりましょう!

 

あるとき、Fさんは転倒し腰椎圧迫骨折をおこして入院してしまいました。
入院でめっきり衰弱がすすみ、病院でお亡くなりになりました。

Fさん、マツタケの取れる場所、教えてもらいたかったですよ。
新藤兼人さんと どういう接点があったのか、も 聞きたかったですね。

 

【解説】
認知症の方は、「何もわからない」わけではありません。
昔のことは鮮明に覚えている方も多いのです。
小学校の担任の先生の名前が言える方、というのも 珍しくありません。
「家に帰りたい」と言われる場合もありますが、
その「家」というのは
「今住んでいる家」、ではなく、「生まれ育った家」、のこともあるのです。
認知症の方が「家に帰る」と徘徊するケースがあるのは、そういう背景も考えられるのです。

Fさんの場合には
昔の話を思い出してもらいながら 食欲を出したり、リハビリ意欲を引き出したり、
ということが わりとうまく出来ていました。
わたくしどもは 初診時に「どちらのお生まれですか?」など 昔の話を聞くことが多いです。
そのかたの「人生の物語」を、最初から おうかがいするのです。
御家族も「はじめて聞いた」という話が語られることも多いのです。
そうすることで、その方の人生の最終章、どのような方向性を望んでおられるのか、ふさわしいのか、
関係者が全員で思いを共有できることになるのです。
そしてまた、人生の先輩から 学ぶことも多いんですよ。

 

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