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分人

2018年10月13日 , 

涼しくなりましたね。
さすがの私も長袖をまくりあげず、長袖のまま往診・訪問診療に回っています。
朝も布団が気持ちよくて、布団から出られないですねえ。
今週は晴れ予報、
しかも黄砂もPM2.5も「少ない」予報です。
屋外イベントやランニングに絶好の天気予報ですね、楽しみましょう。

さて、昨夜は広島市民病院がんセミナーに出席してきました。
講演:苦痛緩和のための鎮静について
講師:鳥取市立病院 足立誠司 先生
要点
日本緩和医療学会 がん患者の治療抵抗性の苦痛と鎮静に関する基本的な考え方の手引き2018年版が9月に出た。
(購入しましょう)
ガイドライン2010年版 から 手引き に改題されている。
改定・改題のポイントは治療抵抗性の苦痛の判断に重きを置く、など。
苦痛緩和のための鎮静は、医学的、倫理的、法的に正しい行為であることが明確にされている。

鎮静についての説明はパンフレットを用いておこなうこともよい。
例:OPTIMの資料。ダウンロード可能。
***

講演の最後のあたりで出てきた話題。
芥川賞作家 平野啓一郎氏が「分人」という概念を提唱されている、そうです。
私たちが、これまで患者さんに説明していた概念に近い言葉のように思いました。
いちど平野さんの著作を読んでみよう、と思いました。

たとえば
終末期で、家にいたいという希望で自宅で療養を続けている方がいるとして。
次第に動けなくなってきて、出来ることが少なくなってきて。
何もできなくなって 情けない/申し訳ない 等、とお話されることが時々あります。
職業人としては 出来ることは無くなってきているかもしれません。
でも、
病院にいれば 一人の「ただの患者」にすぎませんが
自宅では そうではありません。
夫としての役割、兄弟としての役割、父親や祖父としての役割。
御近所、町内会の一員としての役割。
などなど
「そこにいるだけ」で 十分 役割を果たしている、と言えるのです。
出来ることを日々 はたしていると言えるのです。
他の誰にも代わることのできない、あなただけの役割です。
そこにいること、だけで 十分なんですよ。
そして最後に大きな役割が待っています。
「最期まで自宅で暮らしたい、家で死にたい」、という希望を
ちゃんとかなえる姿を子供や孫に見せて死んでいく、という役割です。
おじいちゃんは家で死にたい、と言っていたけど、やっぱり無理で病院じゃないとダメだったよね、
ということになれば
その後 その御家族からは 在宅医療・在宅看取りを希望される方は出てこなくなるでしょう。
おじいちゃんは希望通り家で最期を迎えられてよかったね、苦しいことも痛いこともなく、
心配していたほどのこともなくて 楽なままで、本当によかったねえ。
希望すれば願いはかなうんじゃねえ・・・。
そうやって死んでいく姿を子孫や知人友人に見せて去っていく、という大切な役割があるのです。

このように、「役割」という表現で 私たちは御本人とお話しすることがあるのです。
これが「分人」という概念とピタリ一致するものかどうか、わかりませんが
非常に似た概念ではないかな、と思いながら講演を聴いていました。
平野さんの本を読んでみたいと思っています。

足立先生の主管される 来年か再来年の緩和ケアだか死の臨床だったかの鳥取の学会で
平野さんの講演会が企画されているようですよ。

道の駅クロスロードみつぎ で アグリサポートさんの おはぎ
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