心に残る出会い74 ハイカラだったMさん
毎月最終日曜日は 心に残る出会いです。
Mさんは93歳。
もう15年も前に認知症と診断されています。
4年前には心筋梗塞をおこし、基幹病院に緊急入院したのですが、
認知症が高度のため積極的治療はおこなわず
内服薬による治療だけで経過を見ることになったのでした。
その後、リハビリ病院を経て特別養護老人ホームに入所されました。
家で何年も ほとんど体を動かしていなかったのでしょう、
手足は曲がって固まっておりました。
夫は熱心に毎日 老人ホームに通ってこられ
昼ご飯・夕ご飯は夫がMさんに食べさせていました。
食事を食べさせることが日課だったのでしょうね。
仲の良い御夫婦でした。
私どもは患者さんについて
どんな人生をおくってこられたのか、
とくに戦争や原爆はどうだったのか、
時間がある時には お話をおうかがいするようにしています。
Mさんは 何かゴニョゴニョ声は出すのですが
言葉にはなっておらず、会話は成立しない状況です。
そこでMさんの夫に 昔のお話を聞かせていただいたのです。
Mさんは、ハイカラな人だったのだそうです。
進取の気質、といいますか
いいものはどんどんチャレンジし、取り入れていく。
地域で車の免許をまだ20人も持っていない時代に
すでに免許を取っていた、などなど、
当時としては考えられないほど進んだ女性だったそうです。
とても魅力あふれた人であった、と。
Mさんは、その後 熱を出して入院する回数が増えてきました。
飲み込みが次第に悪くなってきたのです。
水分が足りないと尿路感染症をおこします。
誤嚥すると肺炎をおこします。
こうした状況を御家族と何度も相談し
じょじょに食べなくなり弱っていく場合には
胃瘻や強制栄養は希望しない、という意思表示をされました。
何度目かの誤嚥性肺炎で入院した担当医から
もはや口から食べるのは難しい、と御家族に説明されました。
しかし、やはり胃瘻などの不自然な方法は選択されず
老人ホームに帰ってこられました。
血管も細くなっており、病院で点滴するときに何度も何度も失敗して、
本人は痛がるし かわいそうだ。
もう点滴もいいです、ということになりました。
あとは食べられる物、飲める物を工夫して 食べられるだけ・飲めるだけ。
御家族が持参されたカルピスは 一さじ うれしそうに飲まれました。
昔から甘い飲み物が大好きだったそうです。
この年齢でカルピス大好きだなんて、やっぱりハイカラですねー。
その3日後、Mさんは枯れるように永眠されました。
Mさん、できれば直接 昔のハイカラなお話を聞いてみたかったですよ。