昨日は雨でした。
花見を予定していた人には残念な天気でしたでしょう。
今年の花見も これで終わりですね。
高齢者は、何かをきっかけにして
食事をうまく食べられなくなることがあります。
消化器癌(胃癌・食道癌・大腸癌など)の進行による食物通過障害なら まあ仕方ない、
とあきらめもつくことが多いのですが、
脳卒中による意識障害や誤嚥、認知症による食事拒否などは
体そのものは まだ元気なだけに
栄養さえ補給すれば 当面は延命できる場合があります。
そこで、
栄養補給のひとつの方法として 胃ろう が選択される場合があります。
大きな太いチューブが直接胃に入りますので
細い管にくらべ抜けたり詰まったりする心配は少なく、
病院などで栄養を管理する(=注入食を流し込む)側としては
楽な方法です。
病院を退院すれば、在宅あるいは施設入所することとなります。
送り出す病院側では、 これでは在宅は無理ですね、と言うことが多く、
このため特別養護老人ホームなどの施設では
胃ろうの人がどんどん増えている状況です。
(胃ろう管理 も在宅でおこなうことは可能なんですけどね)
一時的な栄養改善が目的であればともかく、
いったん胃ろうを必要となった高齢者が
その後 自力で食物を食べられるように回復する見込みは非常に低く、
胃ろうは永続的なものとなります。
ほとんどの場合には、
胃ろう作成に至った基礎疾患の関係で
寝たきりとなり、意識もはっきりしなくなっていきます。
何が患者にとって最善でしょうか?
その人にとって、何が幸せでしょうか?
胃ろう を作る前に、しっかり検討しなければいけません。
意識のしっかりしている間に本人の意思表示があれば問題は簡単です。
胃ろうは望まない、という意思表示があれば 胃ろうが作成されることはありません。
今げんざい本人の意思表示がなくても、
過去にしっかりとした意思表示があれば これも簡単です。
どんなことをしても長生きしたい、という意思表示、
チューブ栄養や延命治療は受けたくない、という意思表示、
入院したくない、家で自然に最期をむかえたい、という意思表示。
こういった意思表示があれば、家族も医療者も
その意志に従って治療法を選択すればよいのです。
問題は事前の意思表示がなかった場合。
この場合には、周囲が本人の意志を「推測」して
決定を下していくしかありません。
そうなると、
栄養補給の提案を断る、という選択肢は選びにくいものとなります。
点滴やチューブ栄養、胃ろう は しなくて結構です、とは
なかなか言いにくい。
なぜなら、
栄養補給をしない、という選択は
ゆるやかに死へ向かう、ということを意味するからです。
死んでいく、という選択をすることは なかなか難しい。
自力で食べるための工夫はしっかりおこなうが、
それでも食べられなくなったり誤嚥性肺炎をおこせば その時は寿命、仕方ない、
という覚悟は決めにくいのです。
こういう場合、自分の身に置き換えて考えてみてはどうでしょうか?
もし自分なら、意識もない寝たきり状態で
胃に穴を開けられチューブから水と栄養を補給されるだけの毎日
というものを望みますでしょうか?
いったん誤嚥性肺炎をおこした場合には
胃ろうを作り絶食にしても 再度誤嚥性肺炎を起こす率は非常に高く
最終的にやっぱり肺炎が命取りになる、
ということを知って
胃ろうを選択されない御家族もたくさんおられます。
食べられるだけ自分で食べてもらい、点滴はしない、という選択をされる御家族も
たくさんおられます。
そういう医療手法は選択しないということで、
入院や入所は希望しない、最期まで自宅で、と希望される方も多くなっています。
胃ろうを作るのと作らないのと、
どちらの選択が本人にとって幸せでしょうか。
本日のお勉強
特集 高齢者と嚥下障害
嚥下障害と経管栄養 -PEGの適応-
日本医師会雑誌 2009年12月号
国際医療福祉大学 鈴木 裕 先生
要点
PEG(胃ろう)の対象となる患者の多くは自己決定権が行使できなかったり、
人間の根源とも言える食の享受がないことなど
通常の医療とは異なるデリケートな側面をもっている。
胃ろうは問題のすべてを解決した訳ではなく、
むしろ新たな問題を作り出している。
江波山桜。じつは江波山以外の他の場所にもあります。
写真は全国植樹祭で東千田公園に平成9年に植えられたもの。
★新型インフルエンザ情報
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